今日はずっとパンの撮影をしていた。多分、家に帰ったときは身体からパンの匂いがしていたと思う。
食べ物の撮影をしていると、何よりも「おいしそう」という感覚が基準とされる。食べるものを売るために「おいしそう」を表現することは当然。その「おいしそう」という感覚は本能的なものであるから、その場にいるすべての人がある程度共通の感覚として持つものでもある。
では、工業製品を撮るときはどうか。Apple社の製品のように、モノの形にこだわっているものであれば、それをどう魅力的に見せるのかはある程度絞られてくる。
でも、自分が撮るものにはたとえば機械の中に組み込まれる部品であったり、住宅の見えないところに使われるパーツであったり、あるいはひたすらに小さいガラスの板であったり。
そういったモノは、見た目のための形をしているのではなく、機能のための形をしている。そういうモノの形や機能性の伝えるべきところを伝えながら、その物質の質感を表現するのも、難しいけれど楽しいところでもある。
シズルであろうと物撮りであろうと、光の硬さや当てかた、方向、距離などのコントロールはどこまでも奥深く、いつまでも学びの余地があるなと思った。
今日パンを撮りながら感じたのは、「おいしそう」は頭で考えるよりも早く、立ち上がってくる感覚だということ。
朝のような雰囲気を出すために、低い位置に光源を置き、柔らかくディフューズした中に少しの芯(あるいは硬さ)を残した。ディフューザーと灯体の位置の微妙な距離感で、パンの表面の表情は無限に変化する。
今日もいい光を作れてよかった。

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