気力がない時でも、目は見えているし匂いだって分かるはずなんだ

 自分的なウェルビーイングについて考えてみると、やはり自分のやりたいことをやれているかになるだろうと思う。ここ数年は仕事がかなり忙しいこともあって、お金の心配というよりも、時間に追われて気づけば1年が過ぎていることへの不安が大きい。

 余白なき日々は、余暇となるはずの時間をも、その精神力の尽き果てによりSNSやYoutubeで浪費してしまう。年が明けてからは節目でもあったことによって、意識的に時間を自分のための取り組みに使うことができているけど、去年の半ばなんかは、本当に仕事以外に何をしていたか思い出せないくらい。
 そうして予定が埋まっているような日々を過ごしていると、気力の枯渇みたいな状態になっていた。疲労とも言えるかもしれないけど、何かに使える気力・精神力が枯れてしまった状態。これになると、空いた時間や作業の合間にはスマホに向かって無限スクロールの時間が始まってしまう。

 ちょうど1年くらい前にはマインドフルネスについても考えていた。去年はマインドフルであることは意識できていたようにも思う。そのおかげでギリギリ感性は働かせながら生活できていた気もする。
 それは大体は外にいるときだけではあったけれど、その時していること、その場所の空気や音、自分の体の状態に意識を向け、まずは自分の中、そして外の環境、その二つが触れ合う境界に何があるのかを見ようとする。

 ちょっとやってみようと思ったのは、種だけでも探しては取っておくということ。何か言い切りたいことや考えるきっかけを見つけたら、ちゃんと拾ってしまっておこうと思う。そうすれば、まっさらな場所を見つけられた時には、そこに植えることができるから。


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