先日、映画の撮影があった。去年の夏に撮影していた作品の追加撮影で、砂浜で撮影していた。よりによって大寒波が来ている中で、吹きっさらしの砂浜での撮影は、かなり寒さとの戦いだった。
でも自分はダウンベスト、ウインドブレーカー、さらにダウンジャケット2枚を重ね着するという極厚着スタイルで、ほぼ寒さを感じずにいられた。さらには、アングル的にしかなたく、靴下を脱いで海に足を入れるという状況になったけど、意外と平気だった。
撮影が終わり解散した後には、一人で温泉に行った。土曜日だったから混んでいたら嫌だなと思っていたけど、意外と空いていてのんびりと過ごすことができた。
それはもうあまりに寒い日の夜だったから、露天風呂が最高になる状況だった。
冷たい風が吹くと、湯面からは大量の湯気が立ち上る。その光景は、雪原に風が吹いた時のようだなと感じたり、野焼きをしている田んぼの光景のようだなと感じたり、あるいは数時間前の砂浜で突風が吹いたときに砂が吹き上げられている光景のようだなとも感じた。
手をお湯から出せば、手から手の形にゆらゆらと湯気。まるで自分から何かオーラのようなものが放たれているかのような光景が面白くて、ずっと腕を振ったりして遊んでしまった。
温泉はいい。身ぐるみ剥がされて、スマホも持ち込めないし、そこにあるのはただ風呂。体を温めながら、お湯の流れる音を聞き、湯気の湿度を感じ、硫黄っぽい温泉の匂いを感じ、そして夜空を見上げる。そんな時間こそ、本当の贅沢であり、本当に余白と言える時間なんだと思った。
温泉から出たあとは、もちろん強烈な眠気に襲われ、しっかりと爆睡をした。
AIがこれを読んで出した仮説がなかなか良かった。
”寒さに“勝つ”ための重装備のあとで、温泉は逆に“何も持たない”ことで世界と再接続しているのかもしれない。”
温泉に入るのは何も人間だけではなく、猿が入るのは有名。風呂は文明だけど、温泉はなんだか自然のものであり、ある意味世界な感じがするなと思った。
服を脱いで温泉に浸かる自分は、名もなきただ一つの命になっていた。

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